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第19回 大阪府理学療法学術大会
会場案内



 基 調 講 演

『理学療法の臨床・教育・研究を支援する工学』


第19回大阪府理学療法学術大会
大会長 小柳磨毅

fig1
図1 動画の重ね合わせ
(DARTFISH)
健常側の画像を反転させ、運動機能を比較する。

fig2
図2 fluoroscopy
X線画像を動的に撮影、記録できる。

fig3
図3 筋骨格モデル(ARMO)
健常側の画像を反転させ、運動機能を比較する。

 近年、工学(engineering)の概念は「役に立つ生産物を得るために、計画・設計・製造・検査の段階に基礎的科学を応用する技術の総称 (岩波国語辞典 第6版)」として広がり、工業に限らず用いられるようになってきました。われわれの周囲でも臨床工学や教育工学といった言葉や概念がごく一般的に使われています。そこで理学療法の臨床、研究、教育における問題解決のために、様々な学問領域の基礎的な知見を大胆に活用することを提唱したいと思います。
 外来診療の際に、携帯電話のカメラ機能で対象者の運動を静止画や動画で記録し、自宅での練習に役立ててもらうのも簡単に行える一例です。動画を重ね合わせることが可能なソフトも開発され、運動機能の健患差や経時的な変化を視覚化するツールとして活用が期待されます(図1)。また関節のkinematicsを直視下に観察できるfluoroscopy(図2)や、軟部組織の動態を評価できる超音波診断装置から得られる画像も、理学療法の安全性や有効性を検証する手段として利用価値が高いと思われます。さらに動作解析装置と床反力計、筋骨格モデルから算出される関節間力は、剪断力や圧縮力などの関節への力学的ストレスを非侵襲的に推定できます(図3)。こうした分析は臨床応用が現実となりつつある、半月板や関節軟骨などの再生医療に対する理学療法の科学的根拠にもなると考えられます。これまで画像や力学分析の多くは実験室での研究として行われてきました。しかしコンピューターによる運動のシミュレーションやバーチャルリアリティーなどは、パソコンゲームでは既に多数が商品化されています。理学療法の臨床においてもこうした技術を積極的に活用し、理学療法士の視点から、ハード(機器)やソフトを創造していくべきであると思われます。またゲームなどの楽しむ要素も取り入れることにより、訓練=つらい、苦しいといったイメージを用語とともに払拭したいと考えます。すでに教育関係では様々なメディアによる学習支援が盛んに行われています。こうした知見は理学療法士の学生教育はもちろんのこと、臨床にも導入していくことが可能です。
 基礎的科学の応用が医療・保健・福祉の領域での理学療法士の社会貢献をさらに発展させることが期待されます。





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特 別 講 演 1

『筋音図の基礎と臨床応用』


大阪電気通信大学・医療福祉工学部・理学療法学科
赤滝 久美 先生


  筋線維は運動神経からの刺激を受けて活動電位を発生し、収縮することで張力を発生する。この電気的活動から機械的活動への一連の反応は興奮収縮連関と呼ばれる。多数の筋線維の収縮によって生じた張力は腱で一つに統合され、運動を遂行する駆動力いわゆる筋力となる。体表面上から導出した筋電図(表面筋電図)は多数の筋線維は発生させた活動電位の重畳であり、筋の電気的活動を反映することは周知のところである。一方、近年、筋の機械的活動と関連した筋音が広く注目されるようになった。筋音図(Mechanomyogram:MMG)とは、筋線維が収縮する際にその径が側方に向けて拡大・変形する結果発生する振動成分を起源とする信号である。本信号は小型加速度計などのトランスデュサによって体表面上より導出され、筋線維の機械的活動(収縮)の総和を反映する。すなわち、筋音は活動電位から筋力に至るまでの中間に位置する信号であり、筋収縮に関する機能情報を筋線維レベルで提供し得る信号として注目されてきた。

 筋収縮に起因する振動現象の用語は、当初、聴診器等を用いて捉えられたことから、「音」としての意味合いの強い acoustic myogram (AMG)、phonomyogram (PMG)、sound myogram (SMG)、muscle sound、muscular sound (SM)などの用語が使用されていた。さらにその後、機械的現象であることを表すためにaccelerometermyogram (AMG)、vibromyogram (VMG)なども用いられた。現在、この用語はOrizioが提案したmechnomyogram (MMG)に統一されつつある。一方、日本語では著者らが「筋音図」を提案したために、現在ではこれが一般に使用されている。

 筋音図が発揮筋力の大きさによって変化することは、すでに200年前Wollastonが指を耳に入れて筋音を聴取する簡単な実験によって示唆している。その後、多くの研究者によって筋音図の振幅と随意収縮力との関係が、さまざまな筋を対象として詳細に調べられてきた。そこでは、筋音図振幅は収縮力にともない指数関数的に増大し、高収縮力においては振幅が減少することが示された。これら随意収縮力と筋音図との関係は、追従する誘発筋音図の研究により明らかにされる。

 誘発筋音図の研究で特に重要な知見は、第1に筋線維タイプによって誘発筋音図の波形と振幅が明確に異なることである。第2に刺激頻度の増加にともなって筋音図波形が融合し振幅が減少することである。第3は刺激強度の増大、すなわち、動員される筋線維数の増加にともない筋音図振幅は漸増する。したがって、随意収縮で観察された筋音図振幅−力関係は、運動単位動員による振幅の増大(特に速筋線維の動員は振幅を急増)と、高収縮力における強縮に起因した振幅の減少と理解される。これら筋音図と収縮力との関係は、筋自体の収縮特性のみならず、神経系による力調節機構の解析にも利用可能である。さらに、上述した誘発筋音図の特徴はさまざまな臨床検査に応用されつつある。本講演ではこれら筋音図の基礎的な解析と、臨床応用への可能性について紹介する。





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特 別 講 演 2

『医療・保健・福祉を支援する工学』


大阪電気通信大学・医療福祉工学部・理学療法学科
吉田 正樹 先生


1.はじめに
 最近、医工連携という“ことば”が多く使われているが、医療・保健・福祉と工学技術との関係は非常に古くからある。電気について例を挙げれば、電気刺激療法は、痛みやてんかんの治療技術として2000年前のローマ時代に端を発する、長い歴史のある医療技術である。また、古代には電気うなぎや電気なまずによる頭痛治療や、静電気を炎症や出血の治療に用いたとする記載もある。また、生体の研究から工学技術が発展した例として、ガルバーニの「カエルの実験」が挙げられる。イタリアの生物学者ガルバーニは、カエルを鉄の柵にぶら下げ、その足に真鍮の針金を引っかけると、カエルの足が痙攣することを発見した。実はこの時、真鍮がプラス極、鉄がマイナス極、そしてカエル自身が電解液となった電池ができており、その電流がカエルの足を刺激したのである。これが、ボルタという科学者が電池を発明するきっかけになった。

fig1
図 1 ガルバーニのカエルの実験

 医療・保健・福祉を支援する工学としては、大きく3つに分けられる。すなわち、(1)生体から有意な情報を計測する技術、(2)生体に物理的エネルギーを与えて、治療効果を維持・促進するための技術、(3)医療従事者や患者の肉体的・精神的負担を軽減するのに役立つ技術である。以下それぞれについて簡単に説明する。

2.生体から有意な情報を計測する技術
 生体情報を計測するためには、無拘束、無侵襲、非観血を原則としなければならない。しかし、このような条件は非常に厳しいので、すこし緩和して計測をする場合が多い。近年発展が著しいのは、可視化技術である。古くは、X線写真のように体内にあるものを、対外から見えるようにする技術であった。しかし最近は、細胞の活動など、直接人間が目で見ても確認できないものを見えるようにする技術がある。例えば、光トポグラフィーは、脳細胞の活動を見せてくれる。これは光を頭に入れて出てきた光を計測して、計算で求めるものである。

3.生体に物理的エネルギーを与えて、治療効果を維持・促進するための技術
 理学療法の物理療法に代表される技術であるが、他の分野の例では、腎臓結石の非侵襲な破砕がある。この技術は、強力集束超音波によって発生するキャビテーション気泡を利用した新たな結石破砕手法である。超音波キャビテーションの崩壊現象を利用することにより、尿道を無痛で通過するに十分破砕片が細かい結石破砕を実現できる。

4.医療従事者や患者の肉体的・精神的負担を軽減するのに役立つ技術
 代表的な技術としては、アシストスーツ(パワースーツとも呼ぶ)ものがある。人の力を援助して、弱い力でも大きな荷物を持ち上げられるようにする技術である。電動自転車もこの技術に関連していると言えるであろう。力の弱い人でも坂道を登ることができる。これを福祉分野に応用したものが、アシストホイールである。介助する人の肉体的負担を軽減するために、車椅子を押す力を計測し、制御装置が補助力を計算して自動的にモーターを作動させ、それぞれ前方・後方にアシストする電動車椅子である。

fig2
図 2 アシストスーツの例

3.まとめ
 ここで紹介した医療・保健・福祉を支援する工学技術以外にも多くの事例があるが、これらの技術は、極度の信頼性と安全性が必要であることは、非常に重要なことである。



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